2026/7/7 公開
この記事は、Quoraで公開した回答を再編集したものです(元の回答)。
英語を学ぶ理由が「かっこいいから」でも良いのか
Q. 何かをする目的が「かっこいいから」でも良いのでしょうか 英語話せたらかっこよくね?とか。 半分は挫折で終わることが多いのでもう少し具体的な理由のほうが良いのでしょうか?
結論から言うと、それで良いも何も、「かっこいいから」は最強の理由だと思います。面白い質問だったので、つい前のめりに答えたくなってしまいました。
「かっこいいから」は根本的な原動力になる
振り返ってみると、自分が頑張ってきた色々なことは、結局「それがカッコいいと自分が勝手に思っているから」続けられているものばかりで、それ以外の理由はほとんどありません。個人的に英語の勉強もかなり頑張りましたが、その根本的な理由は「カッコいいから」でした。今でも正直そう思っています。
「かっこいい」というのは、自分の心が正直に求めている理想の姿そのものだと思います。逆に、心が本当には求めていないことを、社会的な要請などのせいで自分の欲望だと勘違いしてしまうと、モチベーションはどんどん落ちていきます(親にやれと言われた宿題が急につまらなく感じるのと同じ構造です)。
頭でっかちになって色々な理由をひねり出しても、それが自分の本能や根本的な価値観に根ざしていなければ、遅かれ早かれボロが出てしまうと思います。自分に対して心から正直になり、体から自然と湧き上がる熱量を大事にしたいところです。
「かっこいい」の基準は自分で決める
ここで気をつけたいのが、「カッコいい」の基準はあくまで自分自身が決めるものであって、他人に求めるものではない、という点です。
「誰も褒めてくれないから」(自分がカッコいいと思うことを他人がそう思ってくれないから)モチベーションが続かない、というのは、かっこいいの皮をかぶった「褒めてほしいだけ」の状態です。誰にも認められなくても、あるいは逆に格好悪いと思われようとも、自分が信じる自分なりのカッコよさを追求すること――それこそが最強のモチベーションだと思います。
こうした自己完結的なモチベーションに根ざしていれば、何をするにも苦しくならず、自然と長年続けられます。結果として、誰にも到達できないようなレベルに習熟していくのだと思います。