プロフィール

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名前は藤村 高寛と言います。1977年生まれの男性です。妻と娘の3人家族で東京に在住しています。

現在はウィローツリーというアメリカのギフトインテリアブランドを展開する仕事を行うかたわら、このような英語を人に教えるという仕事をさせて頂いております。

いくつか趣味はありますが1つ挙げろと言われたら「歌うこと」です。高校生から合唱を続けてもう20年以上になります。

講師の英語力について

テストスコア

TOEFLは2011年冬まで、合計7回受けました。最高点は以下の通りです。
R:29 L:28 S:24 W:29

S(スピーキング)がやや低いのが典型的な日本人て感じですね。今はアメリカに住んだ時期の経験があるので、もう少し取れると思います。

TOEFLは世界で最も認知されている英語力の検定テストです。TOEICは使われている語彙などが易しすぎ、かつアウトプット力のテストがないので、ある一定以上のレベルの英語力を測るには適していません。TOEFLテストは R(リーディング)L(リスニング)S(スピーキング)W(ライティング)の4項目で採点され、各30点満点、合計120点で結果が出ます。TOEFL点数の目安は以下のような感じです。

  • 60点以上……大学留学レベル
  • 80点以上……難関大学留学レベル
  • 100点以上……大学院留学レベル
  • 110点以上……MBAトップ校留学レベル

TOEICが900点台のとき初めて受けたTOEFLは以下のような感じでした:R:20 L:21 S:22 W:22。TOEFLはTOEICと大きく異なるテストですので、単純に点数の換算はできませんが、参考まで。

TOEICの最高点は2011年春時点で930点でしたが、上記のような理由でTOEICを受ける必要性はもう感じていません。

どんな感じで英語を使えるのか

私は、学生時代英語は全くできませんでした。単純に興味がほとんど持てませんでした。私大文系ですが、国語で100点、社会で100点取れば英語は30点でも受かるかな、みたいな感じで、入試の英語長文はほぼランダム選択でした。大学二年目からあまり授業にも出なくなり、常に留年がちらついている不真面目な生徒で担当教授を何度も呆れさせたものです。卒業できたのが奇跡みたいなものです。考古学専攻なので英語は1ミリも関係ありませんでした。

しかし何の因果か、2003年に自ら創業した前職のITベンチャーでは米国企業と取引をすることになり、以来合計10年間ほど英語で以下のような業務を行いました。

  • ほぼ毎日あるメールでのやりとり
  • 製品マニュアルや関連ドキュメントの和訳
  • 年に数回ある出張でのミーティング
  • 電話会議
  • 外資系企業への英語セールス
  • 英文ホワイトペーパーの作成
  • ビザ用サポートレターの作成
  • 英文契約書の作成

英語の本は、実用書など一般向けの本なら辞書なしで集中して読み切ることができます。たぶん日本語で本を読む6~7割くらいのスピードではないでしょうか。専門度合いの高い書籍や、難しい英語が好きなタイプな著者の本だと辞書が必要なこともまだまだ沢山あります。たとえば、つい最近に辞書を引かざるを得なかったのは haze という単語の2つ目の意味です。Haze(verb): to subject (freshmen, newcomers, etc.) to abusive or humiliating tricks and ridicule.

映画は、英語字幕があれば本を読むのと同じ感覚です。スピードはそれほど問題にはなりません。英語字幕なしだと、そうですね。ジャンルにもよりますが7~9割はいけます。厳しいジャンルは学生英語です。子供向けの映画(FrozenとかHow to Train Your Dragon 2とか)は大丈夫でした。SFも割と簡単です(Inceptionは大丈夫でした)。Friendsとかのシットコムはかなり簡単な部類です。

日常会話(入居の契約、銀行口座の開設、病院、引越し等)はもちろん問題がありません。つっかえたり、文法を間違ってしまうことはありますが、仕事の場においてもニュアンス含め自分の言いたいことは100%伝えられますし、相手の微妙なニュアンスも分かります。ビジネスディナーも大丈夫です。話題が予測できない場合や専門外の話でもOKです。アメリカ人同士のトークも聞き取れます。まだ難しいなと思うのはカジュアルな「飲み会」ですね。特にアメリカ人の若者同士の会話は、文化圏が違うのかというくらい難しいです。こればっかりは学生を経験してみないと無理なのかもしれません。

講師の経歴について

エンジニアでした

2000年に大学を卒業してから一度小さなソフトウェアハウスに勤務し、1年半ほどで独立しフリーランスのソフトウェアエンジニアとしていくつかのプロジェクトに関わりました。

子供のころから独立心が旺盛で「なんでも自分でできる」「自由に時間が使える」みたいなところに価値を置いていたような気がします。なので、コードも書くしデザインもやるし営業もするし経理もやる、フリーランスの仕事の仕方はかなり性に合っていました。当初はWeb系のシステムが流行し始めたばかりで、この分野では「バックエンドからフロントエンドまで1人で全部できる」ということの価値には大きなものがありました。ですから多少経験不足でも仕事には困りませんでした。コードを書くのは好きでした。たぶん、能力的にも向いていたと思います。あんなに学校の勉強には興味がなかったくせに、いざ自分の収入に関係してくると思うと一生懸命勉強するんですから現金なものです。

ただ、短期プロジェクトを渡り歩くような気ままな生活はなかなか続きませんでした。それは資金が続かないとかそういう意味ではなくて、どうしてもやる仕事が段々大きくなり、長期化していくからです。

起業

あるお客様に納品したソフトウェアが「売り物になるんじゃないか」と社内で評判になり、それを売るための会社を協同で立ち上げたのが2003年暮れのことでした。それまでも法人だったので、私にとって会社を作るのは二社目ということになりますが、お金を集めて人を集めてチャレンジする、みたいな経験は始めてでした。

最初は代表権のある副社長として技術面を一手に見ていましたが、1年しないうちに社長を務めさせて頂きました。「一人でなんでもやる」「やりたいことだけしかやらない」みたいな性格の私が会社経営に向いていたとは全く思えません。しかし素晴らしい仲間に恵まれ、おかげさまでそのサービスは日本シェアNo.1を取るまでに成長させることができました。

一方で、そのサービスは立ち上げ時にキャッシュを食う事業でしたので、もう1つ事業の柱としてすぐお金になることをしなければならない必要性があり、米国製の認証セキュリティのソフトウェアを販売する事業を2005年から開始しました。

こちらの事業も期待通りにお客様に評価され、当初苦しい時期を支えてくれました。中央官庁に採用されるなど、今でも人気製品です。全世界の同社代理店の中でも日本が一番の成績でした。

アメリカの会社と取引といっても当時英語はぜんぜんできないわけですから無謀なものです。私が幸運だったのは、この会社で英語の師匠の一人に出会えたことです。商社のニューヨーク支店長を16年間務めてから引退した方で、難しい契約交渉などは完全にお任せすることができました。

しかしながらこの方は技術方面の知識が全くありませんでしたので、期待通りに話が通じないこともしばしばでした。最初のミーティングの席で「えー、ここからは私は分からないので、藤村さん説明をお願いします」と突然キラーパスが飛んできたときは本当に困りました。どうやって切り抜けたのかよく覚えていません。


「ここからは藤村さん説明をお願いします」

思えばこのときのショックが「自分で英語やらねば!」という強い動機に繋がっていたように思います。

2年暮らしたシリコンバレー

2012年から2014年の間はシリコンバレーに住んでいました。何度も出張で訪れたこの土地が本当に気に入っていたのと、いつか一度で良いから海外で長期生活してみたい、という希望もあり、会社に無理を言って2年間住みました。もちろん取引先にも近いのでミーティングがすぐ出来る等、仕事上でのメリットもないわけではないのですが、理由の大部分は私個人のわがままです。そして、せっかくの滞在期間を実り多いものにしたかったので、移住直前の1年間でかなり集中的に英語を勉強しなおしました。この時期は一生のうちで一番勉強したといっても過言ではありません。TOEFLテストの受験料だけでも高かったです。

幸い生活には不自由なく、バーバーショップコーラス等の現地のコミュニティにもすんなり溶け込めたのは、勉強の成果があったようで嬉しかったです。ビジネスの現場で英語を使う分にはそれほど不都合を感じていなかった自分ですが、いざアメリカ人同士のローカルコミュニティに入ってみると、仕事の現場ではまず見ないレベルの早口とか言い回しとかに出会うことができて、学びも多かったです。


バーバーショップ ラスベガス国際大会にて

この2年間は「せっかくだから」の精神で、ちょっと背伸びをしてみた時期でした。1年経ったところで「アメリカで引越し経験してみたい」みたいな感じで引越しを敢行したりしました。あえて一番高いレベルの混声合唱団のオーディションを受けたり。日本では友人関係とかもあって、自分が所属するところをそうそう変えるわけにはいきませんから、新天地ならではのチャレンジでした。かろうじてオーディションには通ったものの、周りがセミプロレベルに上手い人ばかりで、大満足すると同時に劣等感に苛まれたりしたわけですが……。他には人生初のボーカルレッスンを受けたり、歯の矯正をしたり(あ、これあんま背伸び感ないですね)、友人と4人でバーバーショップ・カルテットを作って毎週練習したりしました。楽しかったです。


クリスマスコンサートでのカルテット発表

永住したいレベルで気に入っていたシリコンバレーですが、家族の強い希望があって、ビザは延長せず2014年に帰国しました。

ウィローツリーとの出会い

さて、私は身軽であることが信条で、およそモノに執着というものがなく、部屋にもほとんど何も置かないというのが長いことのスタイルでした。しかし、この価値観が逆転するような経験をしました。5年ほど前のことです。サンフランシスコ空港近くのお土産屋さんで、あるインテリア作品に出会ったのは。

その作品は、スーザン・ローディというアーティストによってデザインされた「ウィローツリー」というギフトインテリアのシリーズでした。それはなんというか、不思議と落ち着いた衝撃的な体験で、どうしてそんなに惹かれたのかよく覚えていませんが、とにかく自分のモノにしたい! と強く感じ、1つ買って帰りました。文字通り一目惚れです。


ウィローツリーの作品たち

ところがどんなに探しても日本では売っていないのです。一方で米国の友人に聞くとほとんどの人が知っており、とても人気のあるブランドのようでした。どうして日本では売っていないのだろう、と残念に思うとともに、起業家っぽいアレな考え方で、これはもしかしたら大きなチャンスなのではないかと感じました。善は急げとばかりに早速メーカーに打診してみましたが、ファーストコンタクトはあまりうまくいきませんでした。ま、今考えたら、海のものとも山のものともつかぬ変な日本人がいきなり連絡してくるわけですから、まともに話を聞いてくれると思ったほうがおかしいのかもしれませんけど。

その後ウィローツリーのことはしばらく忘れていたわけですが、カリフォルニアに住んでいるとき、ふと「いけるかも」と思ってしまったんですね。こちらが米国企業なら相手も警戒しないんじゃないかなーと。

その後の詳細は省きますが、カリフォルニア法人を設立して、アメリカの会社としてコンタクトを開始し、まずはカリフォルニアで売る、でもホントは日本で売りたいんだ、みたいな感じで話を進めていきました。結果として、ある輸入商社さんと一緒にお仕事させて頂くことになり、大好きなウィローツリーを日本に紹介する仕事ができるようになりました。まとめると短いですが、紆余曲折の末です。小売の業界は未経験でしたので、先方に信頼されるまでは苦労しました。ウィローツリーの仕事をすることができたのも、前職で培った英語力がなければ難しかったでしょう。かっちり組まれた戦略論を展開し、印象的なエピソードで情熱を示し、時には笑いを取り……やれることは何でもやりました。

2014年夏、帰国と同時に前の会社は退職し、ウィローツリーの仕事に集中させて頂くことになりました。


ウィローツリーのサイトはこちらです。よろしければご覧になってください。
ウィローツリー彫像・天使像

なぜ英語を教えているのか

前職の部下はみな英語ができましたが、難しい交渉事や、トラブルになったときは私がかり出されていました。しかし退職するとなるといつまでもそういうわけにはいきません。そこで引き継ぎプロジェクトの一貫として、私の英語ノウハウをすべて伝授するプログラムを作成し、半年くらいかけて教育を行いました。

内容に自信はありましたが、反応はその予想以上に良かったんですね。自分でも伝わっている手応えを感じましたし、何よりも「いままでもやもやしていた認識がクリアになった」「毎回新しい気づきがあった」「迷うことがなくなった」など、とても喜んでもらいました。

その後、ニーズがあるたびに個人的に英語を教えるということをやってきました。同じく仕事上の英文ライティングで困っている方もいれば、英米大学院に進学するためにライティングテストを突破しなければならないという方の手助けをしたりもしました。私も一生懸命やりましたし、皆さんにとても喜んで頂いて、その都度わたしが教える内容も進化してきました。

ここまで喜んでもらえるのであれば、いっそのこと正式に仕事にしてはどうだろう、と思い、今回このような講座内容を企画することになりました。

会社経営も、エンジニアも、どんな仕事をしていてもそうなのですが「自分が身に付けた知識や能力を使って、他の人にはできない自分だけのサービスをして、身近な人に喜んでもらう」ということが根本的に私は好きなようです。ですから、英語を教えるということはとても楽しんでやれると思えたのも、この講座を広くオファーしようと思ったきっかけの1つです。